パーパスを活かし、組織を鼓動させるために:後編
第11回
2025.04.10
近年、企業におけるパーパスの重要性が増しています。単に利益を追求するだけではなく、社会的な使命を果たすことが、企業の持続可能性や競争力を高めるという認識が広まりつつあるからです。 特に企業にとってパーパスの実践は、ブランドの信頼性を高めるだけでなく、社員のモチベーション向上や長期的な成長に直結します。 パーパスをどのように実践し、企業にとってどのような利益をもたらすのか、その実例をご紹介します。 今回は2019年にパナソニックから独立されたi-PRO株式会社様のパーパス実践事例をご紹介します。
パーパスの実践事例
--パーパス導入以降の現在のビジネス状況についてご紹介いただけますでしょうか。
朝比奈
2019年10月に会社を設立し、2020年にパーパスを導入して5年以上がたちました。会社の業績としてはコロナがあって苦しい時期もありましたが、それを乗り越え順調に成長してきています。
弊社のメイン事業は、セキュリティカメラをはじめとする映像セキュリティー事業です。その市場規模は年々伸びており、今後5年間で60%伸びるとの外部の市場予測もあり、その波に乗り特に海外を中心にさらなる成長を目指しています。今後はパートナーや投資家、そしてパブリックから注目される存在になっていきたいと考えています。
--当時を振り返り、パーパスを導入された動機や課題意識にはどのようなものがありましたでしょうか。
朝比奈
当時はパナソニックの1部門が独立企業となり、パナソニックの傘から離れることで、不安を感じているメンバーが多くいました。しかし、ポジティブに考えれば、自分たちで新しい会社をつくっていける立ち位置でした。これから自分たちはこの会社をどのような会社にしていくのか、世の中に対してどういう姿を見せていくのか、前向きに取り組んでいく中で、ブランドづくりも取り組むべき重要な項目でした。みんなが腹落ちするようなブランドコンセプトを確立し、新しい方もたくさん採用して迎え入れる方針を掲げることで、従業員の士気向上につなげていくことが出発点でした。
このような状況の中で、株主さんのご支援も得て、御社と連携しながら進めることになりました。
--実際、私どももお話を伺い、リーダーの皆さまは、非常にやる気と希望に満ち、ポジティブで、かつベンチャーのような精神の持ち主の方が多いという印象がある一方、従業員の皆さんの不安の様なものをすごく気にされていたのは印象に残っています。
朝比奈
まず初めに、幹部系と若手従業員の2つのチームでコンセプトセッションを行いました。加えて、海外拠点を含めたアンケートも取りました。みんなを巻き込み、海外メンバーの思いもくみ取りながら最後まで作っていく、ユニークな取り組みだったと思います。
--パーパスをはじめとするブランドコンセプトを立ち上げてからの5年、社内浸透については、どんな取り組みをされてきましたでしょうか。
朝比奈
従業員向けに説明会を行うなど、HRを中心に、社内への様々な発信や取り組みを行いました。コンセプトを社内に浸透させるうえで、パーソナリティ「柔軟、大胆、誠実」が非常にシンプルなことが、大変良かったです。「柔軟」と「大胆」は、どちらかというと、パナソニック時代にはやりたくてもできなかった部分です。今後僕らが変わるべき方向を示しており、もともといた従業員だけでなく新しい方も含めて、すごく共感されました。一方で「誠実」という3つ目の部分は、過去の先輩達から受け継いでいる、よき伝統も含めて、“ものづくり”の精神、社会に対する誠実さ、そしてこれらを真摯に守る姿勢を表しています。
幹部メンバーやCEOを含め、社内に向けてこの3つのパーソナリティは大事にしていこうという発信が度々あり、さまざまな経営に関するディスカッションの場でも取り上げられています。
人事制度でも、柔軟度合い、大胆度合い、誠実度合いをもう少しブレークダウンし、3つのポイントからi-PROのパーソナリティに照らし合わせ、どうだったかを人事評価の仕組みの中に取り入れています。
結局は、作ったものを繰り返し浸透させていくことが大切です。このパーソナリティに関しては積極的に運用しています。結果、この数年間で私の部門だけでも30人以上がキャリア入社し、中には「ベンチャー企業みたいだ」と言う人もいます。これはパナソニック時代には全くなかったカルチャーです。当初から大きく飛躍する為にもベンチャーのようなカルチャーをつくりたいと思っていましたが、それを言語化された形で従業員とコミュニケーションできることは、新しい企業文化をつくっていく上で一助になっていると思います。
清水
弊社では独立してから毎年、独自のサーベイとして日本の従業員の満足度調査を実施してきました。その中で、社風・企業文化を表す言葉は?という自由記述の設問を設け、また、1年前と比べて、よりパーソナリティの「柔軟、大胆、誠実」にふさわしい行動はできているか、という設問も組み込んできました。
このサーベイの結果として、毎年社風・企業文化を表す言葉として、自由記述にも関わらず「柔軟、大胆、誠実」が上位にあり、社員ひとり一人が意識を持ってきっちりと行動をしている表れと考えています。より「柔軟、大胆、誠実」にふさわしい行動ができているかに関しても、「できている」という回答率が年々高まる結果となっています。抽象的ですが、私たちは一人ひとりがこの意識を持って日々進化していくことが大事だと考えています。それが浸透しており、このサーベイ結果につながったのではないでしょうか。
--パーパスについては何か取り組みはされているのですか。
朝比奈
われわれのビジネスのコンセプトを表す、「Power of Truth」は、“高度なセンシング・ソリューションを提供する”会社としての、よりどころになっています。
清水
このパーパスは、私たちの“世の中のお役に立つ”、“プロフェッショナルのお役に立つ”革新的な製品、そしてそれを支えるためのベースとなる事業の考え方に、脈々と生きていると感じています。
真角
ブランドコンセプトのパーパスからパーソナリティまでの5つの階層は、広報として事あるごとにアウトプットしています。特にパーパスとビジョンに関しては、当社の事業そのものを体現していると感じていますので、会社を説明する時に伝えるようにしています。
社内コミュニケーションとしては、グローバル組織で、文化も言語も違い、人種も違うなかで、このブランドコンセプトが共通認識としてあることで、ワンチームとなるのに役立っていると感じます。
朝比奈
パーパスを設定することは、僕らの事業にとって顧客を定義する、とても大事な作業だったと思っています。意識合わせをしてくことで、事業運営、商品開発、セールスにおいても、「最前線のプロフェッショナル」という、僕らが大切にすべきお客さまが明確になり、その顧客像を浸透させるのにとても役立っていると思います。
--採用や人材のリテンションにおいては、どんな効果がありましたか。
清水
先ほどのパーソナリティの部分も含め、採用面談の中でもパーパスについて語りますし、実際に弊社を受けてくださる方の中には、事前に弊社のホームページを見て、パーパスに関する質問をしてくださる方もいます。特に最近応募してくださる方に共通して言えるのは、自分自身がいかに成長できるか、自分のやりたいことや成長したい方向性が、自分が入りたい会社とマッチしているかということをすごく重要視されていることです。
その中で私たちは、パーソナリティの「柔軟、大胆、誠実」に加え、多様性をとても尊重し、言いづらいこともきちんと伝え、それに対して周りが真摯に耳を傾けるという姿勢を大切にしていることを伝えています。
朝比奈
採用は、成長を期する弊社にとって生命線です。独立当初から現在も、私たちは成長フェーズにいるので、グローバルは勿論のこと、日本でも採用を強化しています。現在の非常に厳しい採用競争において、パーパスとパーソナリティは、われわれの会社のポジショニングを端的に言語で示す、とても有効で役立つコミュニケーションツールです。
--事業活動や社会貢献活動について、パーパスに基づくものやパーパスから発想されたものがありましたら、お聞かせください。
真角
パーパスをはじめとするブランドコンセプトは、事業活動はもちろん、社会貢献活動においても、私たちの取るべき行動を考える判断基準になっています。
特に「プロミス」では、顧客のみならず、社会に対する私たちのコミットメントを示しています。お客さまに対して誠実に、最先端の良い製品を提供するのはもちろんですが、企業としても2023年に国連グローバル・コンパクトの参加企業になり、その10のプリンシパルを誠実に守っていくことにコミットしています。社会との約束として、環境、人権、労働の問題に関して、i-PRO独自のポリシーを作り、それに即して様々な活動を始めているところです。
環境への取り組みにおいて1つの例をご紹介すると、製品の包装材の脱プラスチック・減プラスチックを推進し、特に紙の緩衝材への切り替えに積極的に取り組んでいます。従来の発泡ポリエチレンによる緩衝材を全て段ボールに切り替え、包装材におけるプラスチック使用量を、従来比で 約80%削減しました。まだ一部の機種のみですが、今後さらに対応機種を増やしていきます。
朝比奈
梱包に関して付け加えると、納入前の調整作業の際、カメラを開梱せずにネットワークになげられる口を設けて、少ない作業で大量のカメラの事前キッティングが可能なダンボールの梱包設計もしています。常に柔軟に考え、お客様にとって本当に役立つものを考案しています。
--マネジメントの皆さんの経営判断にパーパスはどういう影響をしているでしょうか。
朝比奈
パーパスをもとに、我々はプロフェッショナル向けのセンシング、特にエッジAIカメラを通じた価値提供に存在意義があるという認識を強く持ち、今は特に需要が拡大するこの領域のビジネス拡大にチャレンジしています。
例えば、カメラのいわゆる完成品だけでなく、AIカメラの中身の部品を、簡単に機器等に組み込んでAIカメラサービスを始められる、moducaというビジネスをスタートしています。
また、日本のビジネスにおいても、新しい市場開発を始めることにも力を入れています。新たなエッジAIに関連するクラウドサービスや商材を発売し、今後も拡大していきます。そういった、フォーカスと積極性はずいぶん変わったと感じます。
--以上を総合して、パーパスを軸としたブランディングによってどんな成果が得られたとお考えでしょうか。
朝比奈
やはり“我々は何者か”、“お客さんが誰か”、そして“どういう価値を提供するのか”、ということを言語化して、意識統一できたことは、新会社をお客さまに理解いただく上で、非常に意味が大きかったと思います。
また、パーパスやパーソナリティが、社内メンバーの行動規範や、どういう行動が会社として奨励しているか、優先すべきことは何か、を判断する一助になっていると思います。「あ、これちょっと柔軟じゃないな」とか、「大胆に行かなきゃな」とか、常に意識しています。
--最後に将来のビジョンや今後の目標をお聞かせ願いますでしょうか。
朝比奈
日本、グローバル共に、AIやクラウドのような新しい技術が市場を加速させている状況の中、当社の本来の強みである映像や、それを使ったAI技術を核に、プレミアムなテックブランドのポジションに向かっていきます。防犯をはじめ、生産性向上、医療分野での貢献など、テクノロジーでもっともっと利便性を高め、世の中の社会課題を解決できる場面がたくさんあり、そこへ、エッジAIの技術、映像技術を提供していくことを目指しています。一方で、AIの広まりはそれを扱う人・企業の倫理が厳しく問われる事になります。当社はAI技術のみならず、AI倫理の面も含めてグローバルにおける業界のリーディングカンパニーを目指していきます。
--ありがとうございました。
i-PRO株式会社 朝比奈 純 様(Security Japan、Senior Vice President)
i-PRO株式会社 清水 利宏 様(HR、Vice President)
i-PRO株式会社 真角 暁子 様(PR, Corporate Planning & Communication)
聞き手
グラムコ株式会社 矢野 陽一朗