ヒューリックの原点と現在、そして未来 #2 ヒューリックにとっての“ブランド”とは
Gramco Experiences
2026.02.25
2006年に西浦氏を社長に迎えた日本橋興業(現・ヒューリック)は、翌年の創業50周年を機に社名を刷新。建替・開発・投資、M&Aを軸に事業を拡大し、2008年には東証一部上場を果たしました。近年は不動産を基盤にしながら、ホテル・旅館、こども教育、環境など新分野へも領域を広げています。 こうした変革と成長を率いてきた西浦氏に、当時社名変更・VI開発を担当したグラムコの山田が18年ぶりにお目にかかって、就任時の意思決定の背景からブランドの本質、そしてこれからの10年に向けたヒューリックの未来像までお話を伺いました。
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ヒューリック(旧・日本橋興業)の変革期を支えた西浦氏(現・代表取締役会長)は、2006年に社長へ就任する前、みずほ銀行の副頭取として長く金融の世界に身を置いていました。その安定したキャリアを離れ、日本橋興業への転身を選んだ理由について尋ねると、意外なほどシンプルな答えが返ってきました。
「自分で意思決定をしたかったからです。上に誰かがいる状態では、面白さを感じられませんでした。日本橋興業には、自ら決断し、自ら責任を負える環境があった。それが魅力だったのです」
―― 日本橋興業の社長に就任されるにあたり、まず何から改革していくべきかはすでに頭の中にあったと著書で拝読しました。
西浦: 考えていたというより、上場を見据えていましたので、一つ一つがそのために必要な改革でした。
―― 西浦さんの就任当時は決められたことを淡々とこなしていくような会社だったと聞いています。そこで社員のやる気を高めるために、まずは待遇面での不公平をなくし、人事制度、給与制度の改定、そして社名変更を実施することで、「私たちはこれから変わるんだ」と社内外に示したと、著書(『ヒューリック・ドリーム』日経BP社刊)に記載がありましたが、社名が変わることへの社員の反応はいかがでしたか?
西浦:当時「◯◯興業」という上場企業は20社くらいありましたが、業績が良くない会社が多かったのも社名を変えようと思った理由の一つです。それに“興業”という言葉から受ける印象も、時代に合わなくなっていましたし、社員の中にも、どこか「少し古い会社、胡散臭い会社に見られてしまうのでは」という気持ちがあるように感じていました。
加えて創業50周年という節目だったこともあり、未来へ向けて生まれ変わるための好機でしたので、私自身社名を変えることに迷いはありませんでしたし、社員・役員からの反対もなかったです。
―― 弊社は社名変更およびロゴマーク作成のブランディングをお手伝いさせていただきました。外部プロジェクトチームの一員として、トップヒアリング、社内アンケートなどから、「今の環境を変えていきたい」「会社を変えていきたい」という気持ちを強く感じました。決まったことだけをする事業では面白くない、もっと追い風を吹かせたい。「人」に焦点をあて、街をつくり、人の暮らしをつくる、豊かにする、そういう仕事がしたいという思いを語ってくださった社員の方もおられました。
当時、社内では大きな変化の波が起こっていたのでしょうか?
西浦: 当時はどのメガバンクも持っていた資産管理会社で、不動産業を中心に保険の代行業なども行っていました。きちんと自分の仕事をしていれば問題のない会社でしたが、私の就任後は自分で新しいことを考え、自分で動くようにと常に言っていましたので、それだけでも仕事のスピード感や内容が変わります。加えて社名が変わり、ロゴができ、人事制度や評価制度が変わり、お給料が上がった。数年の間に東証一部に上場。短期間での大きな変化の中で、社員は会社が変わっていくことを強く実感したと思います。その流れの中で自分も変わっていかなくてはという波が起こっていたのではないでしょうか。
―― 新社名は、まず社内でアイデアを出し、それを私たちプロジェクトチームでブラッシュアップして候補をしぼり、改めて社内でアンケートをとり意見を集め、最終的に「ヒューリック」に決定されましたが、新社名に込めた“会社としての未来像”について教えていただけますか?
西浦: 「HULIC」は「Human+Life+Create」から作った造語で、人々の暮らしや環境をより快適で安心に、そして、より豊かなものにするために、様々な商品・サービスを創造・提供していきたいという私たちの思いが込められています。
私は、社名の価値について「名前は、決まった瞬間から“最良の名前”に作り上げていくものだ」と考えています。よく社名を変更した後で、別の案の方が良かったなどと言う方がいますが、社会に受け入れられ、人々に認識され口にされるようになると、その社名が「最良の名前」に育ったと言えるのではないでしょうか。
―― 現在のHマークのシンボルはどのように選ばれたのでしょうか。
西浦: 日本橋興業のときはロゴがありませんでした。社名が変わってもロゴがなければ、封筒ひとつ作るにも会社の存在が見えづらいかと思い、シンボルとして新たにロゴを作ることにしました
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<注記>
ヒューリックの頭文字「H」を形どったシンボルマークは、私たち(ヒューリック)がお客さま・社会としっかりと手を結び、強い絆で繋がっている様子を表現しました。
コーポレートカラーは快適で豊かな暮らしと未来を創造する姿勢をフューチャーブルーで、また、安心と信頼が人々にもたらす穏やかな心をジェントルブルーで表現し、それらを組み合わせることで、ヒューリックの企業イメージを象徴しています。(ヒューリック ウェブサイトより)
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現在、保有しているビルが260棟ありますが、これらのビルにはロゴのビルボードを設置しています。銀座を歩いていただければ、すぐに目に入るはずです。
―― 御社は若い世代にも人気が高いと感じます。志望者はヒューリックのどこに魅力を感じているのでしょうか。
西浦: おそらく若いうちから大きな裁量を持ち、成長できる環境があることが一番の魅力なのではないでしょうか。給与水準も高く設定しており、来年は社員の平均年収が2200万円になる予定です。ただし、これは“決められた仕事をやった対価”ではありません。弊社のメンバーは「考えること」が仕事です。前例がないことを、自分の頭で考える。だから高い報酬を得ることができます。加えて、決断の速さ、行動力なども私は大切にしています。しっかりと自分で考え、周りを巻き込み行動できる、そういうメンバーの集まりです。
従業員には、高賃金、良いフリンジベネフィット、快適な働く環境、新しく面白い仕事を提供するというのが私たちトップの仕事だと考えています。
新しい面白い仕事は、自分で考えるからこそ生まれるものですから、決まったことを淡々とこなしていく仕事では決してないのです。
このような社風が志願者にも受け入れられているのかもしれません。弊社では、新卒を採用し始めて17、8年になりますが、最近は先に入社している先輩から後輩に情報が行き、そこから応募してくれる新入社員が多くなっています。
弊社は本体で社員数約240名です。経常利益で言うと、約3900社の上場企業の中で大体100位くらいですので、それを考えると少数精鋭と言えるのではないでしょうか。一人一人がそれぞれの仕事を自分で考えながら進めていくからこその結果だと思っています。
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第二創業ともいえる社名変更を経て、ヒューリックは次のステージへ歩みを進めます。
次回は、急成長の裏側にある経営の原理原則、社会課題を捉えた多角化戦略、そしてヒューリックが目指す未来について掘り下げます。