木村百合子 (Yuriko Kimura)
エグゼクティブアートディレクター
2003年
グラムコ入社
AIが急速に普及し、ビジネスのあらゆる領域で「どう使いこなすか」が問われる時代になりました。 デザインやブランディングの現場も例外ではなく、作業効率やスピードが飛躍的に高まる一方、ブランドの核にある“人間らしさ”や“感性”はますます重要になっています。 今回のインタビューでは、グラムコで数多くのブランド立ち上げと運用に携わってきたエグゼクティブアートディレクターの木村百合子に、テクノロジーの波をどう乗りこなしてきたか、そしてAI時代にクリエイティブがどこへ向かうのかを聞きました。
Gramco Insights 09
―― まずは自己紹介からお願いします。
木村:私はグラムコでグラフィックデザイナー兼ディレクターとして活動しています。入社してから十数年、グローバルブランドから国内ブランドまで、業界も規模も幅広い案件に携わってきました。ブランディングというとロゴや広告のイメージが強いですが、私たちが携わるのはもっと広く、リサーチからコンセプト立案、ビジュアル開発、ブランドガイドライン、パッケージや広告、空間デザインまで、幅広くお手伝いしています。最近は特に「ブランドスタイル」開発を担当することが多く、企業のパーパスをいかに多様な媒体で一貫して表現し、充実したツールとして機能させるかに力を入れています。パーパスの可視化はますます重要になっており、その実現を支える役割を担っています。
三井ホーム ブランドスタイル事例
―― ここ10〜15年で、デザインの現場もずいぶん変わりましたか?
木村: そうですね。私が学生のころは、 Apple社のMacintosh(Mac)がデザイン業界を大きく揺るがし、Macの導入をクリエイティブに関わる組織や個人が選択しないといけない時代でした。当時バイトをしていた事務所でも、上司たちが真剣に「Macを使うか否か」を議論していたのを覚えています。中には「私はMacを使わない」と言って業界を離れた方もいました。「Macを導入する=デザインを続ける」「導入しない=業界から離れる」というくらいの二択でした。
また、Macの登場はデザインの現場に大きな変化をもたらしました。登場する前は「カンプライター」という職種があり、最終イメージを写実的な手書きの絵でクライアントにプレゼンし、「こういう撮影をします」という段取りを説明していました。ところがMacが出てきたことで合成技術が格段に向上し、デザイナー自身がある程度ビジュアルを作り込んだ状態で撮影に臨めるようになったのです。
あのころの空気感を思い出すと、今まさにAIで同じことが起きていると感じます。
そしてAI登場の影響はMacのときとは比にならないほど変化のスピードが速く、インパクトがあり、範囲も広いと感じます。Macはあくまで道具の変化でしたが、AIは最大の特徴である「誰でも使える」ことから、プロフェッショナルでなくても表現できる時代になりつつあり、その意味で業界構造そのものを揺さぶっているのではないでしょうか。
木村: AIは誰でも使えることで、デザインを民主化し、センスがある人なら専門教育を受けていなくても一定レベルのアウトプットが可能になりつつあります。これは大変素晴らしいことですが、同時になんとなく「それっぽいもの」が誰でも作れる、デザインがコモディティ化していく危機感も覚えます。そこで、改めて私たちのようなプロフェッショナルの存在意義が問われると思います。
私たちが果たすべき役割は、単なる「それっぽい」一過性のビジュアル作成ではなく「ブランドの世界観をどう設計するか」「どんな体験を社会に届けるか」等を多角的に考え、長く愛される、触れる方が誇りに思えるデザインを作ることです。そこには長期的な価値観やストーリーが絡みます。AIは高速に案を出せますが、ブランドに込める文脈や感情までは担えません。だからこそ人間には、「設計者」「ディレクター」としての責任が強まっていると感じます。
―― 木村さんはAIをどのように捉えていますか?
木村: 私はAIを「高IQの新人社員」と捉えています。大量のアイデアを高速で出してくれるけれど、責任は取らない。言われたことは正確にこなすけれど、「なぜそうしたのか」を説明する力はない。だから最後に判断し、意味を与えるのは人間の役割です。
デザインの現場でAIが便利なのは、思考整理やリサーチの場面です。案件の理解が十分で課題が明確なら、自分で考えた方が早いことも多いです。しかし、情報が少なく、短期間で結論を出す必要がある場合は、AIに網羅的に案を出してもらい、その中から方向性を絞り込みます。一度で正解が出るわけではありませんが、やり取りを重ねることで自分の思考がクリアになり、新しい切り口も見えてきます。そうすると「こういう方向も面白いかもしれない」など、違った視点からのアイデアも生まれ、チームの議論も活性化します。結果として、提案の質が上がり、クライアントとのコミュニケーションも密度の濃いものになります。言葉にするのが苦手なデザイナーにとっては大きな助けになります。
また、スピード感という意味でも、初期段階で数多くの方向性を素早く試せるのは大きいです。クライアントも視覚的に確認できるので、「この方向ならブランドに合う」「これは違う」と直感的に判断でき、議論が早く進みます。
ただ、AIのアウトプットはあくまでも優秀な“たたき台”です。ここで問われるのはディレクション力です。何を採用し、何を捨て、どんな意図を込めるか。それを選び抜く判断が人間に求められています。AIを「魔法の道具」と誤解すると危険で、むしろ優秀な部下をどう育て、導くかに近いと思っています。AIをどう扱えるかが、デザイナーの力量をより鮮明に映すようになってきました。
―― 現場ではAI導入についてどのような反応がありますか?
木村: 一般的には賛否両論ではないでしょうか。情報漏えいの懸念から使用を禁止している企業も多いですが、現場ではすでに個人が自己判断で使っている場面もあるのではないでしょうか。結果として、ガイドラインもセキュリティ対策もない状態でツール利用が広がり、リスクが拡大する危険が高まっています。
AI活用で注意すべきは著作権とブランド毀損のリスクです。AIが学習したデータの権利が不明確なまま商用利用すると、トラブルにつながる可能性があります。生成物に知らないうちに既存の著作物の断片が含まれているかもしれませんし、モデルの肖像権を侵害しているかもしれません。他にも元データのライセンスやAI学習データに含まれる著作物の扱いなど、まだまだグレーゾーンが多いと感じています。
ネット上のフリー素材を商用利用に無断で使っているような企業もありますが、同じことがAI生成物でも起こり得ます。商用利用可能か、再配布できるかを必ず確認するルールが必要です。
さらに、AIで作成した画像の「手がおかしい!」など、些細な不具合でSNSが炎上することもあります。瞬間的に消費されるSNS広告なら許容されることも、ブランド資産となるビジュアルでは一瞬のほころびで信頼を損なう恐れがあります。スピードだけを優先すれば、ブランド価値そのものを傷つけてしまう可能性もあるのです。
AIを使うこと自体は悪ではありません。大事なのは、どういう場面で使うか、どこまで使えるかを明確にすることです。企業としてのポリシーやガイドラインを早急に整備する必要があると感じています。
―― AI導入に対し、業界としてはどのようなスタンスなのでしょうか?
木村:現状では、対外的にどういうスタンスを取るか、対内的にどう使っていくか、まだ明確に決まっていない企業も多いと思います。グラムコではAI導入に向け昨年からチームを作り、情報漏洩などの懸念事項も念頭に細部まで検討し、ルールづくり等にも着手しています。やはりリスクが大きい部分ですので、しっかりとしたガイドラインを作り、脅威ではなく武器として活用できるように準備をすすめています。
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第1回ではAIがもたらす変化とリスク、そして人間が担うべき役割についてお話しいただきました。では、具体的にブランドの現場ではどのようにAIが活用され、未来像が描かれているのでしょうか。第2回では、印象的な事例や経営との接点に迫ります

エグゼクティブアートディレクター
2003年
グラムコ入社