Column コラム

Identify you Magazine Vol.3

心に届けるブランディング - 情緒的価値の果たす役割とは -

(読むのに約10分かかります)

ブランドが顧客に選ばれるために重要な「提供価値」とは?車を例に説明すると、走る、止まる、曲がるといった車の持つ基本的な性能は、「機能的価値」。一方で、アクセルを踏んだ時に意のままに加速することで感じる高揚感などは「情緒的価値」と言えます。第3回となる今回のテーマは「情緒的価値」についてです。グラムコ代表取締役社長の山田敦郎に、人の心へ届けるブランディングの要諦とは何かを尋ねます。

本物を良いとする考え方に、世の中がどんどんシフトしている。

――まず初めに、近年グラムコWebへのアクセス解析の結果「情緒的価値」への関心が高いことに着目し、今回このテーマを設定しました。山田社長はなぜ、「情緒的価値」が多くの人の関心を集めているとお考えですか。

山田

ブランディングに限らず「価値」という言葉は世の中で広く使われていますよね。その背景には、本物の価値とは何なのかということを、皆が真剣に考えるようになったからなのかなと思います。

実際、今は若い人を含め、皆が本当にいいものを希求している時代になっていて、これがコロナ禍でさらに加速しているような印象を受けます。

ところで、機能的な価値というのは、いわゆる性能や品質がどれほど高い完成の域に達しているかということ。それが出来ていることを前提に、情緒的価値というのは、それを使ったり保有することで得られる喜び、付加的な価値を表しています。手に入れることで誇れるとか、所有することで心が落ち着くとか、そういうことですよね。機能的価値だけでは他と変わらないけれど、情緒的価値で選ばれるというのは多々あることです。それこそがブランド力といえるかも知れない。

だから情緒的価値とは、そうした本当にいいものが前提となるのです。情緒と機能の両面揃えて価値を訴求し、その価値を皆が認めてくれれば、それが本当の本物ということになるのです。

――それでは、ブランドコンセプトの定義から「パーパス」と「情緒的価値」の違いについてお聞かせいただけますか。

山田

まず提供価値について説明すると、英語ではValue Propositionと表しますが、当該ブランドがステークホルダーに提供を約束する、機能的・情緒的な2つの面からなる価値ということです。競合と比較した場合の、差異化となる独自優位性と言うこともできます。

パーパスは、日本語では存在意義と定義していますけれども、「その企業なり組織が存在し、業を営んでいる本質的な理由」のことです。つまり、その事業や企業活動をなぜ行うのか、このなぜなのかというところにフォーカスしています。ちなみにビジョンは、例えば当該企業が5年後、10年後にどうなっていたいかを表しますが、パーパスは未来に向けてというよりも、「今」まさにそうあるべき理由を示しているのです。

提供価値との比較で言えば、提供価値の方がより具体的になり、パーパスの方が社会へのスタンスを言う分、いくぶん抽象的になりますね。大事なことは、業を通じて社会に、人々に貢献をしなければいけないということを表明しなくてはいけません。それも将来かくありたい、ということを表明するのではない。「今」なぜ存在し、活動し、世の中に尽くしているのかを明らかにするのです。「Why we exist」「Why we do」ですから。そしてFactとして、「パーパスの実践」を伴わないといけません。
なおパーパスについては、来春に書籍を出す予定にしていますので、よろしければそちらをぜひ、ご一読いただければと思います。宣伝ぽいね。笑

グラムコの定義するブランドコンセプト

日本の企業はもっと感情表現を豊かに。お客様がWow!と言ってくれる体験の追求を。

――話を情緒的価値に戻したいと思います。今、パーパスとの関連でお話を頂きましたが、他にブランドコンセプトの中で関連の強い項目はあるでしょうか。

山田

ブランド購入または利用の最終的な決定において、まずこれからますます企業が掲げるパーパスへの共感というのは影響してきます。そして、パーパスをより具現化していくと、提供価値に辿り着きます。「What we provide」です。提供価値をより一層際立たせるものはといえば、機能は当然整っている前提で、情緒的価値となる訳です。

例えばこういう例があります。あるプロジェクトで、グローバルに展開しているホテルブランドの視覚監査を行いました。視覚監査とは、一般に入手可能な情報から、コミュニケーション上におけるブランドの見せ方や、色遣いといった各ブランドのスタイル発信の特徴を分析するものです。その結果、特に外資系のブランドは、ぱっとみてうちのホテルは楽しい時間を提供するよということが分かるブランドがあったり、徹底的にゴージャスであることを売りにしていたり、極めて情動を掻き立てるようなアプローチをしているんです。他方で日本のブランドは奥ゆかしさを是としていて、あまり声を大にして言わない日本文化の良さといったものを感じました。

これはこれで、日本のよさであり特徴ではあるけれども、やはり国内市場や世界に打って出て顧客を魅了しようとするときには不利にならないようにしないといけない。僕らは、ブランドコンセプトを作る際に、提供価値の中の情緒的な価値を際立たせたり、ブランドの“らしさ”を象徴した「パーソナリティ」(How we act)の部分を言語化するけれども、こうした部分を軸にして、どれだけ情動的な感覚を刺激するようなアプローチができるかというのは、業種を問わず、日本のブランドが抱えている大きなイシューだという風に思います。

感情表現豊かに、情緒的な価値を掘り下げた時に、お客様がどういう体験をしたら「Wow!」と言ってくださるのか、どういう体験をしたら涙を流して喜んでくださるのか、そういうことを真剣に追求していかなければいけないと思いますね。

パタゴニアが実践する、"故郷である地球を救うため" の買い換えないキャンペーン

――続けて、情緒的価値を実践している企業の事例について教えてください。

山田

一つはパタゴニアですね。皆さんもご存じの通り、環境保全にも力を入れている米国のアウトドアブランドです。彼らは、2019年に企業理念(Mission Statement)を刷新しました。新しい理念は「We're In Business To Save Our Home Planet.(私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む)」ですが、以前は「Build the best product, cause no unnecessary harm, use business to inspire and implement solutions to the environmental crisis.(最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する)」という理念を1991年から使い続けていたようです。

参照:Patagonia Webサイト
https://www.patagonia.com.au/pages/our-mission

新しい理念は、内容からするとMission Statementというよりも、Why we exist を表明しているので、完全にパーパスですね。受け止める人たちの中には、これはパタゴニアのパーパスだ、という人もいます。パーパスというと分かりづらいのでミッションと言っているのかも知れませんが、究極の存在意義の表明であることは間違いありません。ちなみにパーパスライクミッションという考え方があって、欧米企業には同様の掲げ方をする企業もあります。グーグルもそうですね。
ところでこの新しい理念を実践する取組みの一つとして、「Worn Wear(新品よりもずっといい)キャンペーン」が行われました。手持ちの衣類を長く着続けることが、地球にとって最善という思いから、パタゴニアの商品に限らず、持ち込まれた衣服は無料で修理していったそうです。#wornwearというハッシュタグで、様々な実例を見ることが出来ますが、単に補修によって機能的に着られる状態になったということではなく、世界で一つだけの自分の服に生まれ変わった歓びであふれています。

新品のウェアへの買い替えを促すのではなく、衣類の寿命を延ばすことで、“故郷である地球を救う”ことに貢献する姿勢を貫いていますし、新たにパタゴニアのファンを獲得することにもつながる取り組みと言えますね。 これまでのセールスプロモーションなどという尺度ではもう測れない「パーパスの実践」(まぁ彼らはMission Statementというけれど)になっている。 これからはどのブランドもこうなっていくと思います。私もシモキタでこれからは古着を買おうかなぁ、と思ってるんです。真剣に。

参照:Instagram/ wornwearjpより
https://www.instagram.com/wornwearjp/?hl=ja

三菱鉛筆の戦略。情緒に訴えるサインペン「EMOTT(エモット)」

――他に、情緒的価値を訴求して成功した例ではどのようなものがあるでしょうか。

山田

三菱鉛筆が2019年に販売したサインペンEMOTT(エモット)は、機能は当然のこととして情緒に訴える販売戦略が見事に当たり、ヒットにつながったようです。従来、サインペンの売り場では、グラデーションに並べて売るのが主流。そこを、最初から5色×8グループの色のセットにして、それぞれに例えば「キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)」や「ビンテージカラー(落ち着いた、深みのある色合い)」といった、色の組み合わせのコンセプトが分かる名前がついています。こうすることで、それぞれの色の「世界観」を分かりやすく伝え、買う人の共感を獲得出来たようですね。

EMOTTの開発が始まった2016年頃には、InstagramなどのSNSで若い女性を中心に、スケジュールやToDoリストを手帳やノートに書き込み、筆記具などと一緒に公開する人も増えていました。そうした市場の背景もあり、これまで汚れやすいとタブー視されてきた白を基調としたデザインがむしろ「自分らしさ」を叶えると受け入れられ、ヒットにつながったようです。

もちろん、三菱鉛筆のUniというコーポレートブランドの力と、これまで培った技術力があってこその成功例ですが、「書き味がよい」「にじまない」「他にはない細さ」などと、機能的な面だけを伝えていたら、他社との差別化は難しいですよね。こうして、情緒的な価値を追求することでヒットした好例かと思います。

参照:Instagram/#emott/より

BtoB企業は、採用活動において積極的に自社の情緒的価値を打ち出すべき

――ありがとうございます。BtoCの事例が続きましたが、BtoB企業が情緒的価値を活用するにはどうすればよいでしょうか。お聞かせいただけますか。

山田

特にリクルーティングですよね。採用活動の際に、自己達成感を示せるかどうかは非常に重要だと思います。仕事をする上で、どれだけ自己を高められるか、そしてその先に、どれだけ自分がその社会に影響力を行使し、社会に貢献していけるのか、という所をしっかりと伝えるためには、BtoB企業においてもこの情緒的な価値を掘り下げないといけないと思います。

例えば、モーターを製造しているシナノケンシという会社がありますが、2019年にコーポレートブランドとして「ASPINA(アスピナ)」を導入しました。グラムコは、コーポレートブランド名称、ロゴの開発を始め、一連のブランディングをお手伝いさせて頂きました。ASPINAには事業を反映して真ん中にSPINという文字が隠れていますが、ブランド名から発想した動きのあるダイナミックなキービジュアルを用いるなど、企業イメージを情緒的に伝えることに成功しているように思います。おかげさまで、採用の面でも評判は良いようです。

参照:シナノケンシ株式会社 Webサイト
https://jp.aspina-group.com/ja/why-aspina/

大事なことはブランドのFact。真実に基づくブランドが、情緒的価値に深みをもたらす。

――最後に、情緒的価値を高めるコミュニケーションを行うために、どのようなことが重要とお考えでしょうか。

山田

やはり大事なのはブランドのFactでしょう。真実に基づくブランド基盤があり、それに連動して情緒的価値を発信することで、ブランドに深みをもたらすと思います。そうして築いたブランドは強いですよ。他社と差別化できた上で、さらに人の心に訴えることができれば、ファンとの間に強いエモーショナルな結びつきが生まれますし、ひとたびそうなると、ファンとの関係はずーっと続きますよ。